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薩摩藩の北の国境、武士たちのまち

#4 出水麓歴史館


旅の二日目が明けました。残念ながら、体調はあまりよくありません。昨夜おそくまで飲んでいたからでしょうね。お昼も食べられずに、ずっとベッドに横になっていました。

お昼の時間をだいぶ過ぎてから、やっと起き上がりました。体調はあいかわらずでしたが、今日一日をまるごと棒に振るわけにはいきませんでした。

まえの鹿児島旅行でも、初日に焼酎を飲みすぎて二日酔いになったことがあります。今回もまたやってしまいました。次はぜったいに気をつけないと。鹿児島旅行の初日、旅の気分に浮かれて焼酎を飲みすぎるのは、とても危険なことです。

:: 出水の観光案内所、飛来里で電動自転車を借りる

出水駅にいくと、飛来里という観光案内所を見つけることができます。ただ観光案内をするだけの場所ではなくて、レストランもあるし、地元の特産品も売っている。小さなショッピングモールのようなところです。

出水は、渡り鳥を見にくる観光客が多いまちなんですよね。とくにツルで有名なまちなので、あちこちにツルの絵や写真がたくさんあります。ここの名前も、ツルがひらりと舞い降りる場面からとったものだそうです。

グーグルマップを見るとまるで駅の外にあるように見えますが、出水駅の東口のすぐ内側にあります。見つけられないほうがむずかしいくらい、わかりやすい場所です。

そしてここ飛来里では、HIRARINというレンタサイクルサービスも提供しています。真夏に自転車で走りまわるのはたいへんすぎる気もしますが、よく見ると電動アシスト自転車も借りられるんです。4時間で1,200円なので、けっこう安いですよね。

今日の目的地は、麓町ふもとちょうと呼ばれるまちです。ツル観察をのぞけば、出水でいちばん有名な観光地。薩摩藩の武士たちが住んでいた住宅が集まっているまちだそうです。

武士たちが住んでいたまち、金沢の長町と似ていますよね? 薩摩藩の武士たちは加賀藩の武士たちとどうちがう姿で暮らしていたのか、それとも似たような姿だったのか、気になります。

鹿児島の夏、出水の天気は思ったより湿気が高くありませんでした。じつは韓国と日本の夏は、「気温」よりも「湿度」が問題になることが多いんですよね。でも今日は、晴れた空と強い日ざしはあるものの、湿度がそれほど高くなくて、風が吹くと涼しいくらいでした。

なので、自転車で移動するのがとても気持ちよかったです。出水を観光するとき、自転車を選ぶのはいい選択だと思います。ただ、上り坂と下り坂があるので、できるだけ電動自転車を借りたほうがいい。2台しかないので、予約をしたほうがいいかもしれません。

わたしが訪れた7月末は旅行のオフシーズンだったからか、予約をしていなくても電動自転車を借りることができました。

:: 麓の歴史を知るために、出水麓歴史館

出水駅から10分ほどかかったでしょうか? あ、ときどき自転車を停めて写真を撮っていたので、15分くらいかかったでしょうね。

まずは今日のひとつめの目的地、出水麓歴史館いずみふもとれきしかんです。よく知らないまちを旅するとき、いちばん最初にいくところはやっぱり博物館ですよね。ある程度の予備知識ができてから歩きまわると、なにも知らないときより多くのものが目に入ってくるものですから。

入場料は510円です。歴史館の規模は小さいほうですが、ここ以外に竹添邸たけぞえてい税所邸さいしょていもいっしょに見られる入場料なので、もったいなくはありません。

出水麓の歴史について知りたくて博物館にいったのですが、じつはあまりわかったことはありません。展示の内容は全部日本語だったんですよね。ところどころ大きな見出しは英語で書かれたものもありましたが、全体の内容を理解するのはむずかしかったです。

それでも、このまちには武士たちが住んでいたんだな、という感じはつかむことができました。それに、暑い夏の日に自転車でここまで来たじゃないですか? しばらくはエアコンの風にあたって涼しくしていられるので、それもまたいいことじゃないでしょうか?

:: 親切な説明を聞くことができた、竹添邸

歴史館の入場券があれば、すぐ近くにある竹添邸と税所邸も見られるというので、こちらもまわってみないといけませんね。

わたしは税所邸は見学せず、竹添邸だけをまわりました。ここは竹添家のお屋敷です。名前じたいがそういう意味ですよね。

どこか南国の生い茂った感じがする庭を抜けて家のなかに入ろうとすると、奥に白髪のおじいさんがひとりいらっしゃいます。おそらくここの管理者の方でしょう。ようこそ、というあいさつとともに、自然と会話がはじまります。

時間が十分にあるなら、竹添家とこのお屋敷、そして麓について説明をしてくださるそうです。韓国から来た人間なので全部は聞き取れないけれど、説明してくださるなら聞いてみたいと答えました。

ここ麓は、むかしの薩摩藩の北の国境だったところです。いまも熊本県との境にありますよね。肥薩おれんじ鉄道でたった二駅だけ上がれば、すぐ熊本県の袋駅ふくろえきなんです。

つまりここは、最前線の国境地帯だったという話です。だから武士たちが集まって住んでいたということですね。

そして、金沢の長町武家屋敷跡と雰囲気がちがうことにも説明がつきます。金沢は城下町だったじゃないですか。だから領主に仕える武士たちが集まって住んでいたわけです。あそこは戦闘が日常だった場所ではありません。でも武士たちは自分の家を守るために塀を高くしていたんですよね。

ここは領主が住んでいる城の周りにつくられたまちではなく、国境地帯なので藩が計画的につくった武士たちのまちだったんです。丘を削って道をとおし、石垣をめぐらせるのに30年近くかかったそうです。石垣はまち全体をひとつの防衛線にする仕掛けでありながら、同時にそれぞれの家の境界をなす囲いでもありました。

管理者であり解説者でもあるおじいさんのお話を全部聞き終えると、このまちの風景がちがって見えはじめました。とても親切な方で、熱心に説明してくださる方でした。すべての内容を聞き取ることができなくて、申し訳なくもあり、心のこりでもありました。

さて、もうこのまちについての勉強はこのへんにしておきましょう。

次の投稿では、自転車で走りまわりながら、麓武家屋敷群のあちこちの風景をお見せします。このまち、思ったより広いんですよね。徒歩でまわるより自転車を選んだ理由でもあります。

韓国のおじさん、zzoosでした。


zzoos

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