

きょうは旅の3日目です。
そして出水を出て、つぎのまちへ移動する日でもあります。
わたしが好きな旅は、あちこち宿を移らずに一か所で何日か過ごす旅なんですよね。そのほうがその土地のほんとうの姿がみえる気がするので。
でも今回はいつもとちがって、小さなまちをいくつか、毎日移動する日程にしてみました。毎朝荷物をまとめて、チェックアウトしないといけないので朝寝坊できないという短所はありますが、もっと多くの場所をまわれるという長所もありました。
テンポがちがう、とでも言うんでしょうか。



:: 新幹線ができて、いなかの列車になった肥薩おれんじ鉄道
出水駅は九州新幹線が通る駅です。だから駅舎もけっこう大きいほうです。でもきょうわたしが乗る列車は新幹線ではありません。なので東口のほうのホームに行ってはいけません。
西口の外に、もうひとつ小さな駅舎があるんです。きょうはそちらから列車に乗ります。
むかしはJRの特急も走っていた路線でしたが、九州新幹線ができてJRが走らなくなった路線だそうです。熊本県と鹿児島県が共同で運営している肥薩おれんじ鉄道という路線です。
熊本県の八代駅から鹿児島県の川内駅まで走るローカル線です。区間のなかに海沿いを走るところが多くて、気になっていた路線でした。



肥薩おれんじ鉄道は運行間隔が1時間から2時間ほどと、けっこう長いほうです。9時21分の列車を逃すと、11時23分の列車に乗ることになります。
朝から急いで9時ごろに駅に着いて、きっぷを買いました。とても小さな駅舎でしたが、幸い待合室にはすずしいエアコンがきいていました。
きょうは土曜日だからでしょうか、どこかへ出かける感じの服装をした学生たちが何人か見えました。海に遊びに行くんでしょうか、それとも薩摩川内や鹿児島に行くんでしょうか。わかりませんでしたが、通勤する会社員ではなく、休日の若い人たちに会うと旅みたいな気分になったりもしますね。



天気がほんとうによかったです。
列車はほんとうに景色のいいところを走っていきました。
窓の外をみながら走る気分は、まさに旅のそれでした。今回の旅で肥薩おれんじ鉄道の沿線にあるまちを選んだのは、とてもよい選択だったなと思いました。
いや、むしろ今回の旅の主人公はまちではなくて、もしかするとこの鉄道そのものかもしれない、という気もしました。
週末だから2両に増やしたのであろう、ふだんは1両の列車。こんな小さないなかの列車に乗って、鹿児島の森と海を走る旅だなんて。こういうのは新幹線に乗るときには感じられない気持ちなんですよね。
きのう出水麓まで自転車で走りながら受けた風、きょうこの列車から眺める窓の外の風景。こういうものは、日本の夏の暑さを引き受けるだけの価値があったと思います。
夏は暑くて湿っていて不便で不快だけど、ほかの季節には見られない高い彩度の風景を見せてくれるじゃないですか。
この夏の鹿児島の旅は、けっこう長いあいだ記憶に残るんだろうな、と思いました。



:: どうしても来てみたかった小さな港まち、阿久根
そうやって25分ほど走りました。四つの駅を過ぎて、きょうの目的地である阿久根に到着しました。
阿久根はとても小さな港まちです。人口が2万人にも満たない、ほんとうに小さなまちです。こんな小さなまちをわたしが知っているというのが不思議なくらい、小さくて辺ぴなところです。
数か月前、YouTubeでたまたまある映像を見ました。有名なシェフが鹿児島のあちこちを旅する映像だったのですが、そこに阿久根が出てきたんです。
まちの魚屋さんで刺身用の魚を買って、宿に戻って制作スタッフといっしょに焼酎を飲んで刺身を食べる、そんなふつうの場面だったんですけど。
不思議とその静かな場面が心に残りました。それでその魚屋さんをGoogleマップにピンしておきました。
そうしているうちに今回の旅を計画するとき、まさにそれが目に入ったんですよね。
阿久根のまわりを調べていて肥薩おれんじ鉄道というものを知り、出水と薩摩川内を含む計画を立てることができました。今回の旅の出発点が、まさに阿久根でした。



:: あの小さなまちのきれいな駅、阿久根駅
列車を降りると、不思議なくらいきれいな駅があります。こんなに小さなまちに、ここまできれいな駅があるの?と思うくらい、駅舎のあちこちがぜんぶきれいです。
旅を終えて阿久根駅について少し調べてみたら、JR九州のデザイン顧問である水戸岡鋭治さんがデザインしたそうですね。この方が誰なのかもう少し調べてみたら、ああ、これまで九州のあちこちを旅しながら見た、きれいだなと思った列車はぜんぶこの方のデザインだったんですね!ゆふいんの森やななつ星 in 九州のような有名な列車もデザインしていて、鹿児島中央駅と熊本駅もデザインしていました。
阿久根産の木材を惜しみなくつかったというこの駅舎の内部は、あたたかくてすっきりした感じです。列車を使う乗客だけのためのものではなく、阿久根市民なら誰でも来ていつでも休める、市民の空間でもあるそうです。
駅のなかには食堂兼カフェがひとつあって、小さなおみやげ屋さんもあります。そして待合室には誰でも弾けるピアノが一台置かれているんですけど、ここで実際に演奏している人を見たりもしました。
なんというか、デザインだけじゃなくて、ほんとうに心があたたかくなる、そんな駅です。

駅舎の外に出ると、ああ、ほんとうに暑いですね。
湿度がすごく高くはないので不快ではないけれど、照りつける太陽はただ暑いという感じではなく、痛いと感じるほど強烈です。
大きなスーツケースを引いて宿に向かって歩いていく道、突然あるおじさんが話しかけてきます。
「きょうは暑いでしょう?」
「はい、ほんとうに暑いですね」
「どこから来たんですか?」
「韓国から来ました」
びっくりして足を止めると、
「韓国から来たって?」
「はい、韓国から来ました」
「このまちには何しに来たんですか?」
「ただ旅行に来ました。観光です」
「そうですか、たのしい旅をして、気をつけてくださいね。日ざしが強すぎるから」
「はい、気をつけてくださいね〜」
まあ、こんなふつうだけどあたたかい会話を交わしました。
強烈な太陽と、あたたかい会話。これが阿久根の第一印象でした。
韓国のおじさん、zzoosでした。
