日本のお城といえば、天守閣のイメージがうかびます。
熊本城が街のまんなかにそびえたっている光景。大阪城や名古屋城を思いうかべても、あるいは特定のお城でなくても、「日本のお城」と聞いてまず頭にうかぶのは、やっぱりあの高くて壮大な天守閣なんですよね。
天守閣は、お殿様の権威と富のシンボルでもありました。戦のときは城のいちばん高いところから指揮をとる司令部。平時には、殿様の力をみせつける構造物だったんです。



でも、金沢城には天守閣がありません。
江戸時代に将軍をのぞいてもっとも豊かで、もっとも軍事力の強かった藩。一年に百万石を超えるお米を収穫して加賀百万石と呼ばれた、あの加賀藩に、天守閣がないんです。
徳川家康が江戸幕府をひらく直前、金沢城の天守閣は落雷にあって焼け落ちてしまいます。そして莫大な富と権力をもっていた前田家は、建て直すことをあきらめます。
江戸幕府がはじまる混乱の時代に、加賀藩は「幕府を脅かす軍事的シンボルである天守閣を復元するつもりはまったくありません」というメッセージをみせたんです。日本でいちばん繁栄していた加賀藩は、幕府と対立したくなかったんですね。
前田家は加賀の莫大な富を、軍事力をさらに高めるためではなく、文化と芸術のために使います。幕府を脅かすつもりはない、文化と芸術を愛する平和な藩である、と。
おかげで金沢は今日まで、伝統工芸と芸術がいきづく街でありつづけることができたんです。


近江町市場をぶらついて、お堀通りをあるいて、尾山神社をみてまわりました。
尾山神社から鼠多門橋をわたると、鼠多門から金沢城に入れます。門というよりも大きな建物のようにみえる鼠多門をくぐると、まず目にはいってくるのが玉泉院丸庭園です。
こじんまりとして、かわいらしくつくられた、典型的な日本庭園でした。
庭園をながめるのにちょうどいい場所に小さなカフェがあったんですが、営業していませんでした。遅い時間だったからかもしれません。




庭園をぐるっとまわって、山道にそってあるきました。正直、この時点ではまだあまり「城」という感じがしなかったんです。なんだか大きな庭園みたいな感じで。
午後四時ごろだったでしょうか。すこし暑かったけれど、ときおりふいてくる風と、すこしかたむいた陽ざしが、四月の新緑をさらにきれいにみせていました。玉泉院丸をとりまく緑と、その緑にあふれた散策路をあるくのは、とても気もちのいいことでした。もちろん景色もよかったです。
お堀通りの気もちよさが、そのままつながってくるような散歩でした。



すこしあるいてのぼると、三十間長屋がみえてきます。なかをじっくりみれば日本の木造建築のすばらしさをつたえる重要文化財だそうですが、わたしはなかをみることができませんでした。なので、わたしにとってはただの、あまりかっこよくもないひょろ長い建物でした。
でも、その前の丘から下をみおろす景色はなかなかよかったです。
天守閣のない金沢城のなかで、かろうじて「城らしい」建物といえる五十間長屋と橋爪門をみおろせるばしょでした。その前には三の丸広場がみえます。広場のむこうには、金沢城のメインゲートといえる石川門があるはずです。


二の丸のほうへおりていくと、工事がさかんにおこなわれています。金沢城はいま、長期にわたる復元工事のさなかです。天守閣ではなく、かつて二の丸エリアにあった建物群を復元しているんだとか。この工事がおわったら、もうすこし「かっこいい(?)」城になるかもしれません。
天守閣のない城はやっぱり、どこかのっぺりした感じがしてしまいます。なんというか、インパクトのある「この一枚!」がない、というか。


旅をおえてから金沢城について調べてわかったことなんですが、金沢城の瓦は一般的な瓦のように土を焼いてつくったものではなく、木でつくった瓦のうえに鉛の板をかぶせてつくっているそうです。だから一般的な瓦よりもすこし明るいグレーが特徴なんだとか。
わざわざこんな複雑なつくりにしたのにはいくつかの理由があります。
城で防衛戦をおこなうとき、総弾が不足した場合に瓦をとかして弾をつくりなおすため。また、冬に大雪が多い地域の特性上、瓦を軽くすることで屋根の上に積もった雪の重さで建物が崩れるのをふせぐため。そして火矢をうけても火がひろがりにくいというおまけつきです。


橋爪門をぬけて三の丸広場へでました。朝からずっとあるいていたので、ところどころで休まないといけません。広場のまえのベンチにしばらくこしかけました。これもタイミングをみないといけません。人が多いので、ベンチをみつけるのもひと苦労です。
金沢城でとった写真をずーっとながめてみると、天守閣がないのはやっぱりさびしいですね。「これが金沢城だ!」という代表的な一枚がどうしても撮れません。広い公園をぶらぶらしながら撮った写真みたいです。



三の丸広場です。空は青く、広い広場には緑の芝生がしかれています。
多くのひとにとって、ここが金沢城の第一印象になるかもしれません。でもわたしはコースを逆にあるいてきたので、ここにいちばんさいごにたどりつきました。
金沢城は、正直にいうと、インパクトのある素敵な場面をみつけるのがむずかしいところです。でも、広い敷地に緑があふれる公園として、散歩するにはいいばしょでした。
敷地がとても広いので、いけなかった道もたくさんあります。きっとそこも、すみずみまで緑と木々でいっぱいだったはずです。そして、あちこちにのこる石垣の構造物が、ここが古いお城のあとであることをしらせてくれます。
二の丸の復元工事がおわったらどんな姿になるのかはわかりません。いきのびるために天守閣をあきらめた城。だからいまのすがたがあります。でも、だからこそすこしじみな印象になったのも、しかたないことですね。


石川門をでて、石川橋をわたります。まだ今日の最後のコースがのこっています。閉園まえにぜんぶまわるためには、足をはやめないといけません。わたしに与えられた時間は、だいたい一時間ほどです。
では、日本三名園のひとつといわれる兼六園の話は、つぎのポストでつづけます。
韓国のおじさん、zzoosでした。

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