美術館のかんらんをおえて、またあるきはじめました。
まず、道のむこうにみえる神社が気になったんです。そして神社のよこの道をたどっていけば、金沢神社まであがっていけそうだとわかって。
その手前には石川県立美術館、国立工芸館、石川県立歴史博物館といった、美術館や博物館がならんでいるエリアもあります。あるきながら見てまわるのにいいコースだとおもいました。


広坂交差点をわたると、すぐそこにあったのが石浦神社です。
じつは、この神社についての事前情報はなにもありませんでした。たずねたときも、「小さな神社だな」「かわいいキャラクターをつかってるんだ?」「神社の規模にしては商業的な施設がおおいな」「へえ、神社のよこに鳥居でトンネルをつくってる」——そんな程度のかんそうだったんですよね。
帰国してから調べてみると、金沢でいちばんふるい神社だとわかりました。
約1500年の歴史があるそうです。そして日本の古代神のなかで、男女の縁をむすぶ神をまつる場所として、結婚式の会場としても人気があり、わかい男女の参拝がとてもおおい、有名な神社なんだそうです。
参拝者がおおいから、神社の規模にしておみくじや記念品をうる仮設ブースがおおかったんですね。わかい人がおおいから、キャラクターもつかっているわけです。





石浦神社の境内をひとまわりして、おおどおりにでました。兼六園のへりにそってあるいていくと、石浦神社の朱塗りの鳥居がトンネルをつくっているのがみえてきます。
この鳥居は100本以上あるそうです。もちろん、あの有名な伏見稲荷大社の鳥居にくらべたら、規模もちいさく数もすくないですが、朱塗りの鳥居のトンネルをくぐるかんじは、すこしだけあじわうことができます。



金沢城と兼六園をおおきくぐるっとかこむこの道の名前は、百万石通りです。加賀百万石とよばれてさかえたあの時代をなつかしむ名前なんでしょうね。
まえのポストでご紹介した、いしかわ四高記念公園の前をとおる道とおなじ道です。今回の金沢旅行で、いちばん風情があるとおもった道でした。
たとえるなら、
金沢駅のまわりはにぎやかな土曜日の午後みたいなところです。片町はどんちゃん騒ぎの金曜の夜のかんじ。香林坊はいそがしい月曜の朝のかんじ。そしてこの道は、日曜日の朝みたいです。金沢の伝統と現代、それから自然がうまくとけあった、きれいなとおりです。
市役所の前をとおる区間もふんいきがいいですが、金沢神社の前をとおる区間もとてもいいんです。ひがしずんでいくおそい午後に、ゆっくりあるくきもちがとてもよかったです。


石浦神社から金沢神社まで、あるいて10分もかかりません。
わたしも金沢神社については、まったく事前情報をもっていませんでした。ただ、神社の名前が都市の名前とおなじ「金沢」だから、なにかたいせつな場所にちがいないという、なんとなくの直感でたずねたんです。
ここも、神社の規模はとてもちいさいところでした。でも、なんでこんなちいさな神社が「金沢」という名前をもっているんだろう、とふしぎになりました。
この神社は、学問の神である天神をまつる神社です。だから最初の名前は金沢神社ではなく、前田家がつかう小さな天満宮だったそうです。それが明治政府が神社の名前と格式を整理するなかで、ここの名前を金沢神社と定めたんだそうです。
天神をまつる神社なのに、天満宮とはよばれない。めずらしいところですよね。

では、なぜ金沢神社という名前になったのかというと、
この神社のよこに、金城霊沢という伝説のいずみがあるからだそうです。金沢という名前のゆらいになったいずみだといわれています。金をあらわす漢字「金」と、ぬまをあらわす漢字「沢」をつかっているのをみればわかりますよね。
いずみにまつわる伝説のくわしい内容はじぶんで調べてみてください。かんたんにまとめると、まずしくてこころのやさしいわかものがここで土をあらいながしたところ、おびただしいりょうの砂金がいずみのそこにたまっていたという伝説です。
だから、この神社の名前が金沢神社なのは、伝説のいずみのすぐそばにたてられた神社だからなんですね。


石浦神社と金沢神社は、距離がちかいこともありますが、どちらもとてもちいさな神社なので、すぐにみてまわれるところです。でも、ふたつの神社の歴史と、まつられている神についてのはなしをしったあとは、ただちいさな神社だとだけはおもえなくなります。
一方は金沢でいちばんふるい神社で、もう一方は金沢という名前のゆらいになった伝説をいだく神社なんですから。
さあ、かげがだいぶかたむいてきました。もうひがのこりすくないかもしれません。いそいで残りのコースをおわらせなければ。
金沢神社のむかいにある石川県立美術館と国立工芸館の建物をながめてから、鈴木大拙館へむかう予定です。
韓国のおじさん、zzoosでした。

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