金沢の旅行プランを立てるとき、ぜひ入れておきたい大事なスポットがいくつかあります。
兼六園と金沢城があるでしょうし。21世紀美術館にも必ず立ち寄りたいですよね。そして長町武家屋敷跡もはずせませんし、最後にこのひがし茶屋街も見逃せません。
きょうはわざとひがし茶屋街の夜の風景がみたくて、夕ごはんを少し早めに食べました。
それでは、ゆっくりこの街を歩いてみましょうか。





この街の第一印象は、やっぱり京都に似ているという感じです。
京都にはずいぶんたくさん行きましたし、日本の伝統的な街並みといえば祇園や先斗町のような場所が思い浮かぶのは、一種のステレオタイプみたいなものですからね。
それで、だから金沢は一時「小京都」と呼ばれていたんだろうか、なんてことも考えてしまいます。
何日か前に歩いた長町の武家屋敷跡とくらべると、たしかにこちらのほうがもっと京都に似た街ではあります。
それもそのはずで、京都の祇園と金沢のひがし茶屋街は、どちらも地方政府から公認された遊興の街、いや、歓楽街だったという点で共通しているところなんです。



ひがし茶屋街という名前は、東にある茶屋の街という意味なんです。
ここでいう茶屋というのは、じつはお茶を売る店のことではありません。茶屋という看板をかかげて、お酒や遊興を売る店だったそうです。
江戸時代の幕府は庶民の贅沢や遊興をきびしく規制していたので、「うちはお酒や遊興を売っているのではなく、お客さんがちょっとお茶を飲んで休むだけの場所ですよ」という意味で、茶屋と看板をかかげていたといいます。
でも実際は、なかでこっそりお酒や料理、そして遊興を売っていたわけです。
お役所はこういう事実を知っていましたが、統制と管理のため、そして税収を確保するために黙認していて、そういう店が集まっていた場所が、まさに京都の祇園や金沢のひがし茶屋街のようなところだったんです。



でも、ひがし茶屋街を歩いていると、京都とはちがう点がたくさん見えてきます。
まず、街全体の雰囲気が祇園のように華やかではありません。通り全体の色合いが、無彩色と濃い木の色なんです。
祇園の通りでは黄色や赤色の壁に出会ったり、華やかな装飾を見ることもできますからね。この街は窓や柱のデザインも、ずっと重たくて素朴です。
これも天気の影響があるそうです。
このあたりは雪がとても多く降るので、屋根の上に積もる雪の重さに耐えるには柱が大きくなって、構造的に補うために木をどんどん重ねていくので、華やかさよりも素朴に見えるしかないんだそうです。



京都の街を歩いていると、店ごとに窓の下に竹で作った構造物を設置してあるんです。
だいたい丸く壁を守っている形なんですが。それを犬矢来といいます。犬が塀におしっこをしないように設置したものだ、という意味です。
この姿も、日本の伝統的な街といえば思い浮かぶイメージのひとつなんですが。
ここ金沢では、犬矢来を見るのがかんたんではありません。冬になると雪の重さに耐えられず、みんな崩れてしまうのが目に見えているからです。
だから京都のように華やかで繊細な犬矢来よりも、外壁をもっと厚く重たく仕上げた形が目につきます。
そうしているうちに、街の印象が京都のそれとは、はっきりちがっていたんですよね。


雪がたくさん降るという気候的な特徴は、金沢の建物にもうひとつの影響をあたえたんですが。
それは瓦です。
ふつうの日本の瓦とはちがって、金沢では釉薬をぬった、つやのある瓦を使います。屋根に積もった雪がよりよく流れ落ちるようにするためですね。これを釉薬瓦、あるいは加賀瓦と呼ぶそうです。
それに加えて、屋根の傾斜や端の部分の仕上げも、雪の重さを分散させて流すために、日本のほかの地域とは少しちがう構造をもっていて、金沢の瓦屋根を見ると、日本ならではの屋根の線とは、どこかちがうという感じを受けます。
とくにこの形が、中国のお寺や古い建物で見られる屋根と感じが似ていて、「あ、中国風の建物かな?」という気もしてきます。


ひがし茶屋街のエリアを歩きまわっていると、小さな路地にも出会います。こういう路地は、自然と京都の先斗町を思い出させます。
でも、この路地もずっと歩いていると、先斗町と大きくちがう点を見つけることができたんですが。
ひがし茶屋街の路地は、夜になると静かだという点でした。京都の先斗町はむしろ昼に行くと物足りなくて、夜になってはじめて本来の姿があらわれる華やかな歓楽街だといえるじゃないですか?
でも、ここはまったくそうではありません。
夜になると店が全部しまってしまうんです。むかしは遊興の街だったかもしれませんが、いまはむしろその伝統の姿を管理して保存するために、きびしく統制されている街という印象です。
だから、京都の祇園や先斗町の夜の通りとは、まったくちがう雰囲気なんです。
じつはわたしは、もっと華やかな夜景を期待して夜に訪ねてきたんですよね。でも予想とはまったくちがって、とても落ち着いた通りを見ることができました。もちろんこれはこれなりの雰囲気があってよかったですけどね。



前の投稿でも話したことがあったんですが。京都は皇居があった都市です。
王の周りに集まった華やかな商人たちの都市でした。だから街の雰囲気も、それだけ華やかでありえたんだと思います。
ここ金沢は城下町です。城には領主が住んでいて、城の周りにはそれに従う実直な武士たちが住んでいました。
だからこの街は、武士たちの街だといってもいいんです。だから華やかさよりも素朴さのほうが似合う場所だったんでしょうね。
でも、金沢はものすごい富を文化と工芸につぎ込んだ都市でした。
街の外観は素朴かもしれませんが、室内では金沢ならではの金箔を使うなど、ものすごく華やかに飾って、豊富な海の幸を使ったいい料理を、貴重なお酒といっしょに食べたり飲んだりしていたんでしょうね。



二時間ほど歩いたでしょうか? そろそろ片町にもどって、きょうの夜の時間を過ごさないといけないんですが。あ、時間が少し遅くなったので、バスがなくなってしまいましたね。
しかたありません。ひがし茶屋街から片町まで歩いていくことにします。
ひがし茶屋街をはじめ、金沢城の北側のエリア、とくに浅野川の北側は、たしかに南側にくらべて伝統的な建物がたくさん残っています。伝統保存エリアだからなんでしょうね。
それにくらべて南側のエリア、つまり香林坊や片町があるエリアは、たしかに現代的な建物がたくさん見える商業エリアです。
ゆっくり歩きながら周りを見て、写真も撮ります。浅野川大橋をわたって近江町市場を過ぎ、尾山神社を過ぎます。尾山神社を過ぎて香林坊を過ぎると、いつのまにか片町に到着しました。
むかしの通りから出発して、現代の通りに到着した感じですね。
さあ、きょうはちょっとたくさん飲む予定なんですよ?
その話は、また次の投稿で続けることにします。
韓国のおじさん、zzoosでした。

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