
緑の小径を歩いていると、ふかふかとした土の道がいつの間にか、きれいに整えられた石畳に変わっていきます。
あいかわらず小さなこみちですが、まわりの雰囲気がすこし変わるのがわかります。今日の最終目的地は、ここです。
旅に出る前から、写真を見てずっと気になっていたばしょです。


訪れた日はちょうど休館日で、内部を見ることはできませんでした。
でも、水鏡の庭には入ることができたんです。わたしが見たかったのは、じつはこの風景でしたから、内部を見られなかったことはそれほど残念ではありませんでした。
ああ、
この風景は、写真で見るよりも実際に見るほうが、ずっとよかったんです。静かにゆらめく水面と、そっと吹いてくる風。その風に揺れる4月の新緑、そしてわけのわからない黄色い紅葉の色。
鏡のように澄んだ水面に風が触れると、波紋がひろがって、映し出された風景がすこし揺れます。
むしろ休館日でよかったのかもしれません。わたし以外にだれもいなくて、この風景をそのまま、静かに独り占めできましたから。
鈴木大拙館は、20世紀はじめに日本とアメリカで活躍した仏教学者、鈴木大拙を記念する博物館です。かれの禅の思想を建築的に解釈して、谷口吉生が設計した建物です。
一時期とても流行した「ZENスタイル」という表現にある「ZEN」は、禅仏教に由来する概念だといわれています。
鈴木大拙が禅の思想を西洋に紹介したことで広く知られるようになり、いまではある特定のスタイルを指す名前として使われています。
そしてこの建物を設計した谷口吉生は、ニューヨークのMoMAで有名な建築家です。
日本の伝統的な思想を現代建築と組み合わせることで知られているといいます。
かれの父である谷口吉郎も、日本の伝統を現代建築にどう取り入れるかをひたすら考え続けた建築家として知られています。



この建物には、抑制された美しさがあふれています。
床に広がる水は、それ自体が庭というわけではありませんが、外の風景を引き寄せて完全に自分のものにしながら、季節が変わり、天気が変わるにつれて、その姿を自然に映し出しています。
庭の真ん中にある思索空間には入ることができませんでしたが、きっとその内部も、なんの装飾もなく、ただ外の風景だけを受け取りながら、自分自身への問いかけと、自分と外との境界についての思索ができるようにつくられた空間なのだと思います。



これほど極限まで洗練され、抑制された美意識が、建物のあちこちに見えます。
素材と素材が出会うところのディテールや、タイルの壁の目地、床の手すりひとつにいたるまで、華やかに自己主張するのではなく、できる限り自分を隠して、最小限の機能だけをそっと果たしているのがわかります。
いや、そんなデザインのディテールや機能の話にこだわりすぎないほうがいいかもしれません。
ただ見ているだけで、「抑制された美しさ」とはなにかが、十分にわかる風景なのですから。


金沢出身の仏教学者が広めた思想を、金沢出身の建築家が空間として再解釈した博物館。
いや、そんな背景を知らなくても、すてきな一枚を撮りに行くだけで十分に訪れる価値のあるばしょ。
鈴木大拙館とは、そういうばしょです。
今日のコースは石川四高記念公園から始まりました。
金沢21世紀美術館に立ち寄って展示を見て、百万石通りを歩きながら石浦神社と金沢神社をまわりました。
そこから道を渡って、本多の森公園で県立美術館と工芸博物館、それから県立歴史博物館を見て、美術の小径と緑の小径をたどって鈴木大拙館へとつながる散歩。
このコースこそが、金沢旅行で欠かせない、いちばん大切な散歩だと、わたしはあえて言いたいです。
もちろん、金沢城と兼六園をまわる散歩も悪くはなかったです。でも、わたし個人の好みとしては、今日のコースのほうがずっとよかった。
静かで、のんびりしていて、都会的でありながら伝統も感じられます。わたしにとっての金沢は、このコースで記憶されることになりそうです。
あ、もちろん「昼の金沢」の話です。夜の金沢はやっぱり、片町ですから。


さあ、もうすこしで日が沈もうとしています。足は再び「夜の金沢」、つまり片町へと向かいます。
今夜はどんな夜が待っているのか、楽しみ…といってはいけません。
今日は軽く夕食だけ食べて、ホテルで休むつもりです。なぜなら、明日はこの旅でいちばん大切な日程があるから。体力をしっかり残しておかないといけません。
では、夕食を食べに、繁華街へ行きましょうか。
韓国のおじさん、zzoosでした。

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